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伊達政宗は永禄10年(1567)8月3日、米沢城〔山形県〕に誕生しました。父は伊達家歴代16世 輝宗、母は山形城主最上義守の娘、義姫〔保春院〕。幼名を梵天丸と称しました。
伊達政宗は永禄10年(1567)、伊達家歴代17世として米沢城〔山形県〕に誕生しました。24歳の時、会津〔福島県〕の蘆名氏を滅ぼし南奥羽〔南東北〕の覇者となり、伊達家歴代中最大領土を有し、世に『独眼竜』の異名を轟かせました。その後、豊臣秀吉の命により旧領地から岩出山〔宮城県〕に移り、35歳の時、徳川家康の許しを得て仙台〔宮城県〕に居城を築き、後半生を仙台藩祖として、伊達62万石の基礎造りに尽力し、寛永13年(1636)江戸桜田上屋敷にて70年の生涯を閉じました。
伊達政宗の法名は『瑞巌寺殿貞山禅利大居士』と号し、菩提寺は松島の瑞巌寺になります。
一説には、中国唐の時代に実在した隻眼〔片目〕の武将李克用の異名〔渾名〕『独眼竜』に準えたものと伝えられ、後世になってから隻眼の武将伊達政宗の勇猛さを賞賛する尊称として定着したものと推定されます。