Language

お問い合わせ

Language

質問箱

瑞鳳殿によせられた様々な質問について回答しております。

遺跡の発掘調査について

C-1.伊達政宗の墓所は、何をきっかけに発掘されたのですか

昭和20年(1945)、戦災で焼失した瑞鳳殿を現代工法で再建するにあたり、鉄筋コンクリート造りとなる建物の重量が350tを超えると予想されたことから、瑞鳳殿建物跡地下の状態と構造を知る必要が発生し、伊達家の許可を得て墓所の発掘調査が実施されました。

C-2.伊達政宗の遺骨は、どのような状態で発見されたのでしょうか

遺骨は放射状に崩れた石灰に埋もれた状態で発見されました。調査の結果、伊達政宗の遺体は楕円形の木製座棺に納められ、その隙間に防腐剤として石灰を詰めていたことが判明しました。この石灰カルシウム成分により遺骨の保存状態は良好でした。

C-3.遺骨からの容貌〔顔〕復元方法について教えて下さい。

頭骨から生前の容貌〔顔〕を復元する場合、遺骨が発見された地域や、また、実際に遺骨の主が生きていた時代や生活環境などの情報〔地域的・時代的・遺伝的・生活環境等により現れる遺骨の特徴〕を基に、平均的数値を割り出し、頭蓋骨に粘土で肉付し、生前の顔を復元する方法と、昨今では、頭蓋骨の実測数値〔大きさ・長さ・幅等の計測結果〕から、CG〔コンピューターグラフィクス〕を用いて、生前の容貌を3D〔立体的画像〕により表現する方法があります。前者の場合は専門的な経験技術を要するもので、また、法医学や歯学、人類科学といった専門家の手作業により復元されていきます。後者は、割り出された数値を基に、コンピューターが作成するものですが、完成された容貌は、画像での復元となります。瑞鳳殿資料館所蔵の伊達政宗復元容貌像は、前者の方法で造られたものです。

C-4.瑞鳳殿副葬品金製ブローチの発見状況とブローチの大きさを教えて下さい。

金製ブローチは瑞鳳殿遺跡地上面から約3m下の墓室のから、皮袋に納められた状況で発見されました。この金製ブローチは、小円盤板11個から構成され、その内の留金を付けた1個は、青銅に鍍金〔金メッキ〕を施したもので、大きさは、縦方向3.8cm、横方向3.9cm、重さは12.51gでした。なお、この副葬品は、当時のヨーロッパでカトリック信者が身に付けていた『ロザリオ』とも類似していることから、ヨーロッパ伝来品であると推定されています。

C-5.瑞鳳殿の副葬品は、伊達政宗の愛用品でしょうか

墓室からは30余点の副葬品が発見されましたが、『貞山公治家記録』〔伊達政宗の治世を記録した古文書〕によれば、具足〔鎧〕は伊達政宗が実際に着用していたものであり、墨や筆などの文具は、いずれも使用痕跡がありました。また、愛煙家であった政宗を窺わせる煙管、さらにはヨーロッパ伝来品なども含まれていました。

C-6.瑞鳳殿発掘の際、夫人が使用していた物は発見されたのですか

伊達政宗の墓室からは、夫人〔陽徳院〕が使用していたと思われる遺品、遺髪等は発見されていません。

C-7.瑞鳳殿資料館所蔵品の中で最も古い物は何ですか

所蔵品の中でもっと最も古いものは、感仙殿〔2代藩主伊達忠宗霊屋:御霊屋〕遺跡から発見された板碑〔石塔婆:板状の石で造った供養碑〕です。刻まれた文字から、この板碑は南北朝時代に造られたものと判明しました。なお、この板碑と伊達家との関連はないことから、2代藩主伊達忠宗の墓所構築〔墓所工事〕の際に石材として使用されたものと推定されます。

C-8.瑞鳳殿資料館には、伊達政宗以外の副葬品もあるのですか

2代藩主伊達忠宗と3代藩主伊達綱宗の遺跡発掘調査資料が所蔵されています。